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東西ドイツ統一を英仏首脳は「快く思っていなかった」、当時の外交文書を公開<国際ニュース : AFPBB News> [地理・歴史全般]



こんにちは、こういちです

本年
2009年11月9日は、
1989年11月9日
「『ベルリンの壁(Berlin Wall)』崩壊」20周年

かつての冷戦時代、東西ドイツ統一は、イギリス、フランスから恐れられていたことは
周知の事実。
すなわち冷戦時代、「統一ドイツは欧州の脅威」と言われていました。

当該AFPBB Newsが報じている様に、この程新たに公開されたベルリンの壁崩壊当時の
外交文書は、上記の事を物語っています。

「フランスと英国は、手を取り合って新しいドイツの脅威に向かうべきだ」
「コール(首相)は別人になってしまった。彼はもはや自分というものを知らない。彼は自分を『マスター』と勘違いし、マスターであるかのように振る舞い始めている」
:
1990年3月、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)英首相(当時)がフランスの駐英大使に送った外交電報
(当該AFPBB News報道、公開されたフランスの外交電報より)


「英国も西欧もドイツの再統一を望んではいない。戦後の勢力地図が変わってしまうことは容認できない。そんなことが起こったら国際社会全体の安定が損なわれてしまうし、われわれの安全保障を危うくする可能性がある」
:
ベルリンの壁崩壊の2か月前、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)英首相(当時)がソ連(当時)のミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)書記長(当時)に語った文言
(当該AFPBB News報道、公開された英国の資料による)


更に、当該AFPBB News記事は、こう締めくくっています。
冷戦時代の考え方と、第2次大戦(World War II)時に強国ドイツに大いに辛酸をなめさせられた経験にとらわれてしまった2人の指導者(マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)英首相(当時)、フランソワ・ミッテラン(Francois Mitterrand)仏大統領(当時))は、欧州の政治がこのように速い変化を遂げるとは、想像だにできなかったのだ。


【11月4日 AFP】ベルリンの壁(Berlin Wall)が崩壊して20年、新たに公開された当時の外交文書は、ドイツと仲が良いとされるロンドン(London)とパリ(Paris)の友人たちが「東西ドイツ統一」を恐れていたことを如実に物語っている。

 当時のマーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)英首相は、冷戦時代において、壁の崩壊に象徴される西側の勝利を導いたヒロインであると称賛されているかもしれない。しかし実際には、東西ドイツが統一する可能性は、彼女を恐怖で震えさせていた。

 当時のフランソワ・ミッテラン(Francois Mitterrand)仏大統領は、欧州統一を目指す運動において、西ドイツのヘルムート・コール(Helmut Kohl)首相の親友であり盟友であると見なされていた。だが実際には、壁が崩壊した1989年、彼はドイツ統一を予期していなかったし、支持もしていなかった。

 その後のドイツ統一プロジェクトの成功、そしてフランスが現在ドイツと親密な関係にあることを考えるならば、今回公開された文書は英仏の一部のベテラン政治家たちにとって、大変居心地が悪いものかもしれない。

■統一ドイツの超大国化が心配

 壁崩壊20周年にあたり公開されたフランスの外交電報によると、サッチャー首相は1990年3月、フランスの駐英大使にこう語っている。「フランスと英国は、手を取り合って新しいドイツの脅威に向かうべきだ」

 彼女は次のような警告も発している。「コール(首相)は別人になってしまった。彼はもはや自分というものを知らない。彼は自分を『マスター』と勘違いし、マスターであるかのように振る舞い始めている」

 文書の公開に携わったフランスのある歴史学者は、「サッチャーは、ドイツが統一により欧州の超大国になるという可能性に、恐れをなしていたようだ」と話す。

 英国の資料によると、壁崩壊の2か月前、サッチャーは冷戦時代の敵であったソ連(当時)のミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)書記長に次のように語り、西欧の同盟国たる西ドイツの「統一という野望」をくじく手助けをするよう、暗に協力を求めていた。「英国も西欧もドイツの再統一を望んではいない。戦後の勢力地図が変わってしまうことは容認できない。そんなことが起こったら国際社会全体の安定が損なわれてしまうし、われわれの安全保障を危うくする可能性がある」

 一方フランスでは、ミッテラン大統領の側近、ジャック・アタリ(Jacques Attali)氏もドイツ統一に反対していた。英国の資料によると、アタリ氏は壁崩壊の1か月後にゴルバチョフ大統領の側近であるヴァディム・ザグラディン(Vadim Zagladin)氏とキエフ(Kiev)で会談し、ソ連が東ドイツ側の再統一運動を阻止するために介入しなかったと不満をもらした。

 そしてアタリ氏は4か月後の1990年4月、間近にせまったドイツ統一について、ミッテラン大統領に「避けられない事態(=ドイツ統一)が発生してしまったら、火星に行って生活するよ」と話したという。その彼は皮肉にも、欧州復興開発銀行(European Bank of Reconstruction and Development)の初代総裁となり、冷戦後の東欧を支援する基金を創設することになる。

■統一ドイツはヒトラー以上に恐ろしい?

 ミッテラン大統領とサッチャー首相は、互いに、個人的な懸念を口にしたことがある。

 サッチャー首相の側近のメモによると、1990年1月、ミッテラン大統領はパリで行われた夕食会で、サッチャー首相に次のように漏らした。「統一ドイツは、ヒトラー(Hitler)以上の力を持つかもしれない」

 冷戦時代の考え方と、第2次大戦(World War II)時に強国ドイツに大いに辛酸をなめさせられた経験にとらわれてしまった2人の指導者は、欧州の政治がこのように速い変化を遂げるとは、想像だにできなかったのだ。(c)AFP/Anne-Laure Mondesert


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